東京高等裁判所 平成11年(ネ)1592号 判決 1999年9月28日
埼玉県<以下省略>
控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
茨木茂
東京都中央区<以下省略>
被控訴人
光陽トラスト株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
淺井洋
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金二三〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の主位的請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
五 この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1(一)(主位的な控訴の趣旨)
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二)(予備的な控訴の趣旨。予備的請求の趣旨一。当審における請求の拡張)
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金二六八六万三七〇五円及びこれに対する平成九年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三)(予備的な控訴の趣旨。予備的請求の趣旨二。)
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 請求原因
1 控訴人はa市役所に勤務する地方公務員であり、被控訴人(平成九年一一月一日の商号変更前の商号は五菱商事株式会社)は、関西商品取引所の取引員であり、商品先物取引の受託業務等を目的とする会社である。
2 控訴人は、平成七年九月一九日、被控訴人との間に、商品先物取引委託契約を締結し、以来関西商品取引所における関西輸入大豆の先物取引を行ってきた。
3 控訴人は、平成九年五月一六日、被控訴人の従業員であり控訴人を担当していたB(以下「B」という。)に対し、当時存した建玉の全てを成行で仕切るように指示し、そのとおり仕切られた。これによる清算金の額は三七六三万五一九〇円であり、その支払期限は同年五月二一日である。
4 (主位的請求)
(一) 被控訴人は、平成九年五月二六日に一六六三万五一九〇円を支払ったのみで、清算金残金二一〇〇万円を支払わない。
(二) Bは、平成九年五月二一日、控訴人に無断で、関西輸入大豆三〇〇枚の買建玉を行い(以下「本件取引」という。)、これを控訴人の承諾を得た取引であると強弁し、右清算金残金の支払いを拒むというという不法行為を行った。被控訴人は右Bの使用者として民法七一五条に基づき損害賠償責任を負う。
控訴人は、被控訴人の不法行為により、その後対応に忙殺されて多大な時間と費用が犠牲になり、また多大の精神的苦痛を被った。この精神的損害を金銭に換算すれば一〇〇万円を下ることはない。
更に、控訴人は、やむなく弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得なくなった。控訴人の支払うべき弁護士費用は四五六万円であり、慰謝料と合わせると五五六万円となるが、その内金三〇〇万円の支払いを求める。
(三) よって、控訴人は、被控訴人に対し、商品先物取引委託契約に基づく清算金残金二一〇〇万円と不法行為に基づく損害賠償金三〇〇万円の合計二四〇〇万円及びこれに対する清算金残金の支払期日の翌日であり不法行為の後である平成九年五月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
5 (予備的請求その一。当審における請求の拡張)
(一) 本件取引が仮に無断取引でないとしても、平成九年五月二二日に、控訴人はBに対して、本件取引を当日後場二節で全部決済するように指示をしたにもかかわらず、同人はこれを拒否し、被控訴人は仕切拒否という債務不履行を行った。
この債務不履行により控訴人は別紙計算書のとおり二八六万三七〇五円の利益を得ていたはずである。
被控訴人の仕切拒否のために事態が迅速に解決されず、控訴人は、被控訴人との対応に忙殺されて多大な時間と費用が犠牲になり、また多大の精神的苦痛を被った。この精神的損害を金銭に換算すれば一〇〇万円を下ることはない。
更に、控訴人は、やむなく弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得なくなった。控訴人の支払うべき弁護士費用は四五六万円であり、慰謝料と合わせると五五六万円となるが、その内金三〇〇万円の支払いを求める。
(二) 被控訴人は、平成九年五月二六日に一六六三万五一九〇円を支払ったのみで、清算金残金二一〇〇万円を支払わない。
(三) よって、控訴人は、被控訴人に対し、債務不履行、不法行為に基づく損害賠償金五八六万三七〇五円と商品先物取引委託契約に基づく清算金残金二一〇〇万円との合計金二六八六万三七〇五円及びこれに対する弁済期の後であることの明らかな平成九年五月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
6 (予備的請求その二)
(一) Bは、平成九年五月二一日、控訴人に無断で、関西輸入大豆三〇〇枚を四万〇二六〇円で買建玉し、同月二六日にこれを勝手に手仕舞いするという不法行為を行った。被控訴人は、右Bの使用者として、民法七一五条に基づき損害賠償責任を負う。
控訴人は、無断建玉による損失金一四六七万円、委託手数料相当の損害金一九八万円、消費税相当の損害金九万九〇〇〇円、取引税相当の損害金七〇九九円、合計一六七五万六〇九九円の損害を被った。また、控訴人は、不法行為により、清算金残金の支払いを受けられずに放置され、その後交渉に忙殺され、仕事も十分に行うことのできない精神的苦痛を被ったので、その慰謝料としては一〇〇万円の支払いを求める。更に、弁護士に委任せざるを得ない状況になったので、弁護士費用二〇〇万円の支払いを求める。
(二) 被控訴人は、本件取引後の清算金残金四二四万三九〇一円を支払わない。
(三) よって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償金一九七五万六〇九九円と商品先物取引委託契約に基づく清算金残金四二四万三九〇一円との合計金二四〇〇万円及びこれに対する不法行為の後であり清算金支払期日の後である平成九年五月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び被控訴人の主張
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4ないし6のうち、被控訴人が控訴人に対し平成九年五月二六日に一六六三万五一九〇円を支払ったことは認め、その余は否認する。
3 控訴人は、平成九年五月二一日、Bに対し、本件取引を行うよう委託した。被控訴人は、控訴人の委託に基づいて、控訴人の計算において本件取引を行った。
その結果、清算金残金は四二四万三九〇一円となる。
4 仮に控訴人の明確な承諾を得ていなかったとしても、控訴人が同年五月二二日にBらに対し、仕切りを明確に指示すれば、控訴人の損害は発生しなかったから、控訴人には誠実義務違反がある。取引上の損害の発生と右買付との間には因果関係はない。あるいは、相当の過失相殺がなされるべきである。
三 控訴人の認否
被控訴人主張の3及び4の事実は否認する。
第三当裁判所の判断
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件取引が控訴人の委託に基づくものであるか否かについて、検討する。
1 前記争いがない事実に、証拠(甲四、九、一一、一二、一三の一ないし四、二〇、二四及び二五の各一・二、二六、乙一の一ないし四、控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 控訴人は、平成七年九月一九日、被控訴人との間に、商品先物取引委託契約を締結し、以来被控訴人に対し関西輸入大豆の先物取引につき委託してきた。控訴人の買付及び売付取引は、右の取引開始以来平成九年五月一六日までの間、六九回に及ぶが、一回の取引量は、三〇枚以下が五三回であり、取引の大半を占め、最大の取引量でも六〇枚(三回)であった。
(二) 控訴人は、平成九年五月一六日、担当のBに対し当時存した建玉を全て仕切るよう指示した。これによる清算金の額は三七六三万五一九〇円となり、その支払期日は同月二一日であった。
(三) Bは、同月二一日午後一時ころ、控訴人に電話をし、関西商品取引所の取引員であるマルモトがそのころ、平成一〇年二月限につき自己及び委託の買建玉が合計九〇〇枚余り、委託の売建玉が五〇〇枚余りの取引であるのに、単に、「大手のマルモトが二月限を一〇〇〇枚買い付けた。」、「円高も止まり、円安になる。一、二日で一二〇〇円上がる。五〇〇枚買うと、一八〇〇万円儲かる。取引を続けてください。」旨言って、控訴人に平成一〇年二月限を五〇〇枚を買建玉するよう勧めたが、控訴人は、これを拒否した。
(四) Bは、右同日午後二時四〇分ころにも、控訴人に対し、「五〇〇枚で一八〇〇万円儲かります。今回だけお願いします。」と言い、電話を切ろうとする控訴人に対し「電話を切らないでください。今回だけ、五〇〇枚を買ってください。」と述べて、平成一〇年二月限を五〇〇枚を買建玉するよう勧めた。これに対し、控訴人は、「五〇〇枚も買えるはずない。今回はパスする。」旨を言って、購入しないことを明らかにした。
(五) 控訴人は、右同日午後四時三〇分ころ、Bから、「五〇〇枚では多いというので、平成一〇年二月限を三〇〇枚買っておきました。」との電話を受け、「注文していない。断った。」と言い、その後同日午後四時四五分ころ、被控訴人の管理部副部長のC(以下「C」という。)に対し、「断っているのに、Bさんに三〇〇枚を買い付けられた。」旨言ったところ、右Cは、「注文したかどうかは、当人どうしでないと分からない。調べてみる。」旨答えた。
(六) 控訴人は、翌二二日午前九時過ぎころ、社団法人全国商品取引所連合会(以下「全商連」という。)に電話し、被控訴人に無断で買付された旨苦情を述べたところ、担当者から、「本当に買付があったか、調査した方がよい。」と言われ、社団法人日本商品先物取引協会(以下「日商協」という。)を紹介されたので、同日午前九時二五分ころ、日商協に電話をし、担当のD係長に対し、経過を説明したうえ、「注文をした覚えはないので、至急三七〇〇万円を返還してほしい。三〇〇枚の建玉がされているのであれば、問題としたい。」旨を述べて、本件取引が無断売買である旨の相談をした。
(七) 控訴人は、同日午前一〇時三〇分ころ、被控訴人から事情を聴取したD係長から、被控訴人側は注文を受けたと言っている旨の聴取内容を聞いた後、「現在、昨日よりも四〇〇円上がっており、手数料等を差し引いても約一五〇万円の利益が出ている。事実関係の話し合いをするうえでも、建玉をそのまま放置するのではなく、まずは決済をして損益を確定すべきである。その上で、無断売買として問題とするかは、控訴人の判断である。」旨言われた。そこで、控訴人は、同日午後一時四五分ころ、Bに対し、決済を申し出たが、「あなたが納得していないのだから、決済できないでしょ。後で南から連絡する。」旨言われて、決済を断られた。
(八) このため、控訴人は、同日午後二時一〇分ころ及び同日午後四時五〇分ころの二回にわたり、日商協のD係長に電話し、決済されない旨や連絡がない旨を相談した。控訴人は、金曜日である翌二三日午前九時ころ、被控訴人の南との連絡がつき、同日午後五時五〇分ころから、右南と話し合った。その際、南は、「その日の午後一時四五分に決済するよう連絡したのだから、注文をしたことを認めなさい。」旨述べたが、控訴人はこれを拒否し、南は「認めていないのであれば、同月二六日の寄付きで処分する。」旨述べ、控訴人はこれに同意した。
(九) 本件取引で買い付けた平成一〇年二月限三〇〇枚は、取引金額で三億六二三四万円に及び、その証拠金は二一〇〇万円である。右三〇〇枚は同月二六日売られ、結局一四六七万円の売買差損を生じた。
2 右事実によると、Bは、控訴人の委託を受けないばかりか、控訴人の明示の意思に反して本件取引を行ったものであり、本件取引は控訴人の計算に帰することはできないというべきである。
被控訴人は、控訴人から注文を受けて本件取引を行っており、控訴人が五月二一日にC、五月二二日に日商協等に電話した内容は、「注文は成立しているか。」というものであり、同日、控訴人から、買い付けた三〇〇枚を売ってくれと頼まれたことはない旨主張し、これに沿うB及びCの各陳述書及び各証言が存する。しかしながら、控訴人は地方公務員であり、被控訴人との取引における取引量も大半が三〇枚以下であり、その最大取引量でも六〇枚であって、本件取引における三〇〇枚という取引量は、控訴人の職業や従前の取引量からは考えられないものであること、Bは、被控訴人が控訴人に清算金を支払うべき日に、五〇〇枚という取引量の取引を勧め、しかも取引員大手のマルモトが行った平成一〇年二月限の取引につき不正確な事実を申し向けるという手段まで講じていること、控訴人は、Bから本件取引の連絡を受けた直後に、その上司であるCに無断売買であるとの連絡を取り、翌日朝の未だ本件売買により利益を出している段階において、商品先物取引の苦情処理機関である日商協に対し、本件売買が無断売買である旨の相談をしていること、もし、真実、控訴人が買付を委託したなら、Bから電話で買付をした旨の連絡がありながら、更に、Cや全商連等にその成立を確認するのは不合理であること、確認云々の点は、控訴人が全商連から言われたことであること、控訴人が同月二二日午後一時四五分ころ被控訴人に対し決済を申し入れたのも、日商協の担当者から「まずは決済をして損益を確定したうえで、話し合いをすべきである。」旨忠告されて、行ったものであり、買付につき控訴人が委託したことを認めたことを前提にするものではないこと、第三者的立場の全商連及び日商協はほぼ控訴人の述べているとおりの回答をしていること等の点からみて、前記B及びCの各陳述書及び各証言は措信できず、他に被控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
3 前記事実によると、被控訴人のBは、控訴人の明示の意思に反して本件取引を行い、しかも控訴人が同人から本件取引を行った旨聞かされた直後から異議ないし苦情を述べているのに対し、終始注文があった等と強弁し、その取引の結果を控訴人に押し付けようとしているのであって、同人のこれら一連の行為が不法行為に当たることは明らかである。また、Bの右行為は被控訴人の事業の執行につき行われたものであるから、被控訴人は、民法七一五条に基づき、損害賠償責任を負担する。
控訴人においてBの一連の行為に対応するには訴訟を提起するしか方法のないこと、そして弁護士に依頼しないではその目的を達せられないことは、本件訴訟の経緯から明らかであり、控訴人が訴訟代理人に支払うべき費用が右不法行為による損害であり、そのうち不法行為と因果関係のあるのは二〇〇万円と認められる。
慰謝料請求は、本件においては、金銭的な損害が回復されれば、慰謝に値する精神的損害の発生はないと認められるから、理由がない(なお、被控訴人は過失相殺を主張するが、控訴人は明確に仕切を指示しており、控訴人には、何らの過失はない。)。
三 以上のとおり、控訴人の主位的請求は、商品先物取引委託契約に基づく清算金残金二一〇〇万円と不法行為に基づく損害賠償金二〇〇万円との合計金二三〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。
四 右のとおり、控訴人の本訴請求は、主位的請求につき右の限度で認容すべきところ、主位的請求を棄却し予備的請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、主位的請求につき右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法三一〇条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷澤忠弘 裁判官 一宮和夫 裁判官 大竹たかし)
<以下省略>